2022年 04月 14日
SALC材料は、自己潤滑性・低摩擦のPTFEと埋め込まれた金属補強層の組み合わせで、主に回転方向に摺動するすべり軸受(ブッシュ)用として開発されたものです。サンゴバンは、40年以上にわたる自動車用ヒンジの軸受設計の経験と材料技術革新を基に、あらゆるお客様のニーズに応えてきました。エンドユーザーにとっては、腐食や機械的劣化を抑制することができ、自動車の寿命が尽きるまで、上質なドア開閉フィーリングを維持し続けることができます。自動車メーカーにとっては、ヒンジトルクを低減することでドア開閉をスムーズにしたり、構成部品の公差やミスアライメントを吸収することで、ドア開閉トルクを安定化したりすることができます。また、これらにより顧客満足度を向上することができます。
ベアリングとヒンジを腐食から保護することは、ヒンジの開発における重要事項の一つとなっています。また、最適なベアリングのはめ合いと必要なヒンジトルクを設定し、それらを寿命までコントロールすることも重要な機能となっています。例えば、クリアランスが大きいとヒンジにガタつきができてしまい、ドアが下がってしまったり、傾いてしまうなどの問題が発生します。逆にトルクが大きすぎると、ユーザーがドア開閉をスムーズにできなかったり、半ドアの原因となってしまったりします。
ヒンジの一貫して安定した低トルクは、主にノルグライドSALCの優れた公差・ミスアライメント吸収能力によってコントロールされます。この特性は、PTFE層とアルミニウムクラッド鋼ストレッチドメタルの優れた可塑性と弾力性が、ハウジングやシャフトの寸法公差、ベアリング間のミスアライメントを吸収することで発揮されます。また、PTFEフィラーの選択は、ベアリングの設計と組み合わせて電着塗装工程において発生する塗装不良・手直し工数の低減にも貢献します。
ノルグライドSALCベアリングは、他のノルグライド材料と同じくグリスレスで使用できることはもちろんのこと、すべての主要な自動車メーカーが認めるノルグライドの利点を提供することができます。さらに、ノルグライドの仕様と特性は、お客様の個別の開発プロジェクトのニーズに合わせて最適化することが可能です。
ノルグライド SALC GGベアリング | ノルグライド SALC GSベアリング |
ノルグライドSALCは、主にサイドドアヒンジを対象として開発されました。サイドドアヒンジは大きく分けて、形鋼ヒンジとプレスヒンジの2種類に分類されます。
形鋼ヒンジ 形鋼ヒンジは、鍛造、もしくは鋼材からの削り出しで製作され、ボディにドアを取り付ける際に、上から差し込む「リフトオフ」工法が用いられる。 |
プレスヒンジ プレスヒンジは、板金をプレス加工し、必要な形状に曲げることで製作されます。ボディにドアを取り付ける際は、ドアを水平に移動し、ヒンジをボルト締めする工法が用いられる。 |
ノルグライドSALCは、耐食性と寸法精度が重要視される形鋼サイドドアヒンジ用途に最適ですが、その他の高い耐食性と寸法精度が要求される幅広い用途にも適用することも可能です。
形鋼ヒンジには、通常1個のすべり軸受けが使用されており、その両端にフランジが付いています。最初のフランジはベアリングの製造時に形成され、もう一つのフランジはヒンジを組み立てる際に形成されます。プレスヒンジには2か所の軸受け部があり、それぞれ1つのすべり軸受が使用されています。通常、ヒンジを組み立てる際にフランジの成型は行いません。
サンゴバンでは、どちらの種類のヒンジにも対応でき、かつ様々な技術要求に対応するため、多様なすべり軸受材料をご用意しています。また、サンゴバンのエンジニアは、それぞれのケースに適した材料をアドバイスしています。
ノルグライドSALCは、サンゴバンの幅広いすべり軸受製品群のひとつで、プレーンベアリング、ジャーナルベアリング、スリーブベアリングなどとも呼ばれています。ノルグライドベアリングに不可欠なのは、摩擦係数が低く、自己潤滑性を持つ独自PTFEコンパウンドの厚い層です。シャフトが回転するとPTFEがシャフトにわずかに転写され、より安定した摺動環境を形成します。
異なるPTFEフィラーや金属補強層を追加することで、用途や技術要求に応じたすべり軸受にすることができます。金属補強層が弾性変形や塑性変形することで公差やミスアライメントを吸収し、また、お客様の組み立て工程でサイジングを行うことで、個体ごとに狙いのベアリング内径に調節(ハウジングの径公差をキャンセル)してガタつきやバラつきを低減するなど、すべての公差レンジで圧入設計(締まりばめ)となる“ガタゼロ設計” を実現します。さらに、シャフト圧入時にも、スムーズで低いトルクを発生させます。
ノルグライドSALCは、可塑性と寸法安定性の高い材料です。他のノルグライド材料にはより高い耐荷重性を持つものも多くありますが、SALCは一般的な自動車のドアヒンジに使用するには十分すぎるほどの強度を備えています。ドアの重量は通常25kgから35kg程度ですが、100kg程度の過負荷(人がドアの上に立った状態に相当)でも、十分に耐えうる耐荷重性能を持ち、一般的なドア下がり要求仕様を満たすのに十分な能力を有しています。また、高い耐腐食性のために、金属補強層にはアルミニウムで覆われたスチールが採用されています。SALCという名称は、「アルミニウムクラッド鋼を使用したストレッチドメタル(stretched metal aluminium-cladded)」に由来しています。
ノルグライドSALCベアリングは、様々な仕様と特性を有しています。例えば、ノルグライドSALC GGはPTFEコンパウンドにグラスファイバーとグラファイト(GG)フィラーを使用しています。ノルグライド SALC GSは、グラスファイバーとシリケート(GS)をフィラーとして使用しています。生産ラインでの識別を容易にするため、GGは黒色、GSは青色となっています。
サンゴバンのエンジニアが、お客様の用途や技術要求内容応じた最適な材料と形状をアドバイスします。
特に今日の軽量化のトレンドの中で、様々な材料の組み合わせが検討されるようになっています。そのため、エンジニアはベアリングと接触する部品の材料との異種金属接触腐(ガルバニック腐食)について、より慎重に検討する必要が出てきています。
異種金属接触腐は、ヒンジに使用される金属と、問題となる赤さびの発生を抑制するすべり軸受材料を選択することで、この問題は大幅に軽減されます。ノルグライドSALCの補強層には、強度を高めるためのスチールに、耐食性を高めるためのアルミニウムフィルムを両側に積層したクラッド鋼を使用しています。アルミニウムを積層したスチールの構成は、ヒンジ部分の金属(一般的には亜鉛メッキ)と非常に相性がよく、腐食の影響を最小限に抑えることができます。ノルグライドSALCの耐食性は、PTFEフィラーに含まれるグラファイトが、シリケートのような非導電性の材料に置き換わった場合に、さらに向上します。
ノルグライドSALCの耐腐食性ベアリングやヒンジに対する有効性は、広範で厳しい塩水噴霧試験により証明されています。図2 aとbは腐食したヒンジの典型的な外観です。今回のテストでは、ノルグライドMP(ブロンズメッシュ)を使用し、8個のヒンジのうち、6個に336時間後の赤さびが見られました。
図2a(ヒンジ上部) | 図2b(ヒンジ下部) |
塩水噴霧試験336時間後 - ノルグライドMP(ブロンズメッシュ)
これは、ノルグライドSALC GGの性能と比較することができます(図3 a と bを参照)。今回のテストでは、504時間にもわたる塩水噴霧試験機においても、このベアリングに赤さびが確認されませんでした。最新の材料であるノルグライドSALC GSは、さらに一歩進んで、同じ試験条件下で著しく優れた結果を出しています。
図3a(ヒンジ上部) | 図3b(ヒンジ下部) |
塩水噴霧試験504時間後 - ノルグライドSALC GG
ドアヒンジ向けのノルグライドベアリングのサイジングは、トルクを制御する際の鍵となります。ドアの開閉に必要なトルクは、ある一定の許容範囲内収まり、車の寿命まで安定している必要があります。
自動車メーカーが目標とするドアヒンジの標準的なトルクは、ゼロに近いものから4~5Nm程度のものまであります。組み立ての際、過度に低いトルクや高いトルクは好ましくない問題を引き起こし、最悪の場合、ラインの停止を引き起こす可能性があります。今日のサイドドアは、エンドユーザーが小さな力でドアを開閉できるよう低いトルクレベルをターゲットにしているケースが多くなっています。
サイジングは形鋼ヒンジとプレスヒンジの両方で有効ですが、形鋼ヒンジの方がシャフトとすべり軸受の接触面積が大きいため、トルク調整の幅が大きくなります。
すべり軸受の内径を、ハウジングの穴径ばらつきを加味したうえで必要なトルクが得られる大きさに調整するためには、ノルグライドベアリングの弾性変形と塑性変形を考慮する必要があります。つまり、サイジング用のピンを通すと、すべり軸受の元の厚みの一部が弾性的に回復するのです。高い塑性変形率を持つノルグライドSALCでは、変形の60~80%が塑性変形で、残りは弾性変形です。ソフトなPTFEコンパウンドとストレッチドメタル補強層の組み合わせは、サイジング性能を最大化します。
ノルグライドベアリングにダメージを与えずにサイジングでどの程度肉厚を減らすことができるかは、材料によって異なります。ノルグライドSALCはこの点で非常に汎用性が高く、板厚の20%まで減らすことができます。
すべり軸受の締め代を大きくすると、トルクが増加します。ノルグライドSALCの場合、締め代が大きくなるとトルクは徐々に増加しますが、標準的なバックメタル付きベアリングと比較しても低いトルクを維持します。
図4. 締め代に対するトルクへの影響、ノルグライドSALCベアリングと標準的なバックメタル付きベアリングタイプとの比較。
重要なことは、ヒンジ部品を大量生産する場合、ハウジング径やシャフト径のばらつきを許容しなければならないことです。ノルグライドベアリングの厚いPTFEコンパウンド、可塑性、弾性は、適切なサイジングと相まって、ヒンジのガタツキを無くし、かつ、はめ合い部品の径バラつきが与えるトルクへの影響を最小限に抑えることで、低く安定したトルクのヒンジの大量生産を可能にします。同様に、ノルグライドベアリングは、ミスアラインメントを吸収することができます。
電着塗装は、別名e-coatingまたはe-paintingと呼ばれ、自動車の防錆性を確保する塗膜を形成するために使用されています。この方法は、塗装が必要な部分すべてに電流を流すことができれば、完全で均一な塗膜を形成することができます。ノルグライドSALCベアリングは、耐食性の高いヒンジの実現だけではなく、電着塗装プロセスの効率化にも貢献します。
用途によっては、すべり軸受のPTFE層を含むすべての部分に導電性を持っていることが求められますが、自動車のサイドドアヒンジ、フード、テールゲート/トランクヒンジには当てはまりません。図5が示すように、完全に導電性のあるPTFEコンパウンドの場合、PTFE層と隣接する金属製ヒンジ部品(ドア側・ボデー側)全体に塗膜が形成されます。この際、すべり軸受の可動部も覆うように塗膜が形成されてしまいます。静電塗装工程で塗装ロボットがドアを開閉した際、PTFE層と接するヒンジ部品との界面に形成された塗膜が破壊され、金属が露出した部分の防錆性能が著しく低下してしまう可能性があります。また、破壊された塗膜がスプレーで舞い上がり、その後の塗装工程においてブツ不良の原因となったり、手直し作業に多大な工数を取られる原因となります。今日の塗装工程の短縮化のトレンドの中、塗装品質の向上と塗装効率の改善は非常に重要なテーマとなっています。
図5. 導電性のあるPTFEコンパウンドの電着塗装における問題。 |
PTFEコンパウンドに塗料が付着するのを防ぐため、非導電性のフィラーを配合することができます。そこで課題となるのは、2つの異なるヒンジ部品間の導電性をいかに確保するかということです。隙間があると、分離した部品間でアーク放電が発生する可能性や、未塗装不良の原因となります。ノルグライドSALCベアリングでは、ベアリングに成型された導電性ノッチで導電性を確保することができます。導電性のノッチについては以下のプロセスで成型されます。
a. ノッチを成型するピンで、ベアリングに数か所ノッチを成型します。
b. これにより、ベアリング内径部分に突起が形成される。
c. 突起先端のPTFE層を削ぐ。
d. PTFEが削ぎ取られた突起先端と、シャフトとの接触により導電性を確保(それ以外の部位では非導電性を維持)。
この方法により、前述したPTFE層と隣接する金属製ヒンジ部品(ドア側・ボデー側)全体を覆うような塗膜が形成されることを防ぎます。ノッチが成型されたベアリングを図6に示します。この件に関する詳細については、サンゴバンまでお問い合わせください。
図6. 非導電性のPTFEコンパウンドと導電性のノッチを組み合わせることで、電着塗装の品質向上と効率化を実現。
エンジニアリングとは、課題や問題解決に取り組むことです。私たちは、お客様との連携によってそうした問題を最善の方法で解決できると考えています。お客様が直面する課題を理解し、先進的な製品設計で理想的なソリューションを提供することを目指します。すべてのアプリケーションがそれぞれ固有の技術的要求を持っているため、サンゴバンはお客様と連携して試作品を作製し、その要求を完ぺきに満たす製品を作り上げていきます。
お客様の課題をエンジニア同士で話し合うには、お問い合わせフォームをご利用いただくか、makingabigdifference@saint-gobain.comまでメールでお問い合わせください。